体験記1

腺筋症核出手術を受けて

私が「腺筋症」という病気に出会ったのは、4年前の33歳のとき。
もともと生理痛もなく量も少ない私が、31歳頃から少しずつ生理痛を感じるようになり1年後には、市販の鎮痛剤では効かない程の生理痛で部屋中をのたうち回り、泣いたりうめいたりで夜も眠れず、当然そんな状態では会社へ行くこともできず、毎月欠勤を繰り返していました。欠勤も月を追う毎に2日、3日と増えていくようになり、ついには会社も辞めてしまいました。
婦人科疾患(乳癌・卵巣癌・子宮体癌)家系の私は、早期発見を目的に毎年婦人科検診を受けていましたが、そんな状態の頃でも「子宮が少し大きくて、筋腫と間違われやすいけれど動きもいいし、異常はない」と言われ、こんなに激痛なのにおかしい、異常がないわけがないと思い3カ所の産婦人科を受診しましたが、結果はみんな同じでした。
4軒目の大学病院で、ようやく「腺筋症」であることが判りました。その時の医師の説明では、「治らない病気」で「治療方法もない」との事でした。「どうすればよいのか」という問いに、「妊娠か全摘しかありません」という、とてもショックな回答でした。
それでも、その時、結婚2年目だった私たち夫婦は、そろそろ子供をと考えていたのでそれが治療になるなら早く妊娠をしようと通院を続け、4ヶ月後に妊娠するも9週で流産。また妊娠にチャレンジする日々を続けているうちに腺筋症は悪化していき、鎮痛剤もロキソニンからボルタレンへ変わり、生理が始まる前から激痛に襲われるようになり、ボルタレンの服用日数も増え、服用する間隔も徐々に短くなっていきました。
薬が切れると相変わらずの激痛に、のたうち回り、泣いて、うめき、疲れ果て、意識を失い、また激痛によって目を覚ます、という地獄のような時を耐えなければなりませんでした。それは、わたしだけでなく普通に会社勤めをしている主人にとっても寝不足や疲労を伴うものでした。
子供ができないまま半年が経ち、医師から「もう、一度生理をとめましょう」と言われた時、子宮の大きさは、12cmになっていました。
それから約半年間、4週毎に注射に通いました。お腹へ注射をするので、お腹の周りは堅く、ボコボコになりました。
辛い注射に加えて、注射を始めてから2ヶ月くらいから現れた更年期症状。
突然ののぼせと発汗、そしてめまい。のぼせの後の寒気と震え、のぼせると暑くてたまらず、冬なのにTシャツ1枚でも暑く、頭もボーッとして回らなくなるのです。
はじめの頃は、1時間に1度くらいだったのぼせが、5分置きくらいになり、その頃には外出する事が不安になっていました。
ホルモン治療後の子宮は6cmまで小さくなり、また妊娠に向け通院の日々。
毎月襲われる激痛の悪夢は相変わらずで、わずか半年でまた元の大きさに戻ってしまいました。
さらに、その頃の卵管造影では、卵管が両方通っていないことが判り、自然妊娠は難しく体外受精しか妊娠の道がないと言われ、ショックで目の前が真っ暗になりました。
でも、私はもう37歳。迷っている時間もない。体外受精の道を選んだとしても、余裕のある年齢ではない。私が悲観し、悲劇のヒロインぶっている間に、妊娠の可能性はどんどん低くなっていく。それは、主人や主人のご両親の夢や希望を奪うことになる。
何より私は、自分の感情に浸ることで主人や主人のご両親の希望を奪ってはいけないと強く思い、不妊治療専門のクリニックを必死に探し始めました。
ようやく辿り着いたクリニックでは、「腺筋症がひどすぎて、着床できる部位がほんの少ししかないため確率が低い、先に腺筋症の核出手術をするように」と、ある病院を紹介されました。
その病院では、腺筋症が大きすぎるので開腹手術になること、手術の方法はメスで病巣を手で確認しながら削っていくこと、削るので子宮の厚さが薄くなるため重ね合わせて縫合するが妊娠時に裂ける可能性があること、流産・早産の可能性も高いこと、妊娠しても普通の妊娠生活は困難である可能性が高いため入院生活を覚悟しておくこと、出産まで辿り着く可能性も低く、万が一出産に至っても帝王切開になること、病巣を全て切除することは不可能なため閉経するまでは、幾度となく再手術の可能性があること等を説明され、あまりの内容に驚き、打ちのめされ、泣きながら説明を聞いていました。
一時は、どうせダメなら全摘してしまった方がいいのでは・・・などと、投げやりに思うこともありましたが、やはり可能性が少しでもあるのなら、その可能性に全力を注がなくては、私の投げやりな一時的な感情で主人と主人のご両親の希望を奪ってはいけないと思い直し、どうせ手術をするなら腺筋症核出手術の経験豊富な先生にお願いしたいと、毎日毎日パソコンにかじりつき、様々な文献にも目を通し、時には疲れ果て思考回路がストップしてしまったり、読み漁っているうちに悲観的になり、ひたすら泣いてしまうこともありました。それでも、誰にも相談する事はできませんでした。もちろん、主人にも。余計な心配をさせたくなかったからです。

そして、霞ヶ浦医療センターのホームページを見つけたのです。

初めて霞ヶ浦医療センターを訪れた時には、田舎で古くて小さい病院(東京の大学病院ばかりだったので失礼!)で「ホントに大丈夫だろうか?」と不安に思いましたが、手術の方法は、従来のメスと違い高周波により病巣だけを切除するので子宮が薄くなることもなく、正常な子宮の筋肉だけを残し、更に子宮の形成手術を行うといったものでした。そのため妊娠後も裂ける心配もなく、メスと違い病巣を取り残すことがほとんどないため再手術の必要性が低い(ほぼ無い)こと、実際に同手術後に出産された方がいること、普通の妊娠生活を送り、普通分娩だったことを聞き、素晴らしい手術の方法が開発されたのだと目の前が明るくなりました。
西田院長の腺筋症に対する研究熱心さや実直さにも安心し、この先生にお願いしたい、1日でも早く手術を受けたいと思いました。
手術は無事おこなわれました。腺筋症の手術では、出血量が多く輸血を必要とすることが多いと他の病院で聞いていましたが、こちらでの手術の方法では、メスやはさみと違い出血量が少ないので、この手術で輸血をした方がいままでにないという初診時の説明の通り、私の場合は400gくらいだったそうです。
手術は約2時間。輸血は家族も心配していたので、本当に良かったです。
術後の経過は順調で、他の腺筋症患者の方は手術後9日目に退院していきましたが、私は自宅が遠いので退院を1週間延ばしていただき、手術後16日目に退院しました。
1週間長く入院していたせいか、退院後の生活は日常生活には支障ないくらいでした。
子宮は手術後正常の大きさになり、3ヶ月を経過した今では、生理痛はほとんどありません。
あのオムツのようなナプキンも、もう必要なく、生理の予定が近づいても薬の心配もなくなりました。旅行の予定を立てるのにも、生理の予定を気にすることもありません。
何と、両方閉塞していた卵管の片方を通るようにしてくれましたので、体外受精でなく自然妊娠も可能になりました。
横に切っていただいた傷も、恥骨の上辺りなのでビキニでも見えませんし、誰が見ても、まだ術後3ヶ月なのに傷がとてもキレイだと言ってくれます。
2年前、海外旅行の帰りに生理になってしまい、あまりの激痛で搭乗するまで空港で横になり、ボルタレンを服用したまま乗った飛行機の中で、気圧のせいで血圧が低下し呼吸困難になってしまったことは、今では笑い話です。
同じ病気で苦しんでいる方に、是非、1日も早く手術を受けて欲しいです。手術は、腺筋症の激痛や苦しみとは比較になりません。私は、本当にこの手術を受けて良かった。西田院長に心から感謝をしています。
もっと早く、この病院に出会いたかったです。
手術に携わって下さった先生方、入院中お世話して下さった看護師のみなさん、本当にありがとうございました。
全国の腺筋症患者を治して下さるよう、たくさん入院できるようにベッドの数と手術室をたくさん増やして下さい。お願いします。

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