体験記4

生まれ変われた私 -あきらめないで良かった-

毎回検診に行く度に土浦駅に着くと、「あー、懐かしい!」と、故郷に帰ったような気持ちになります。長年苦しんでいた子宮腺筋症の手術を終え、嘘のように生理痛がなくなりました。それは、私にとって「生まれ変われた」と言ってもいいくらいの手術&入院でした。

今から20年前、「軽い生理痛」がおこり、麻布にいい女医さんがいるとのことで受診しました。「子宮内膜症です」といわれ、質問をしようとすると怒られ、何がなんだかわからないまま、痛み止めを処方してもらって帰ったのが始まりでした。
それから5年後に、のた打ち回るほどの激しい生理痛・・・
紀子様も通われていたという産婦人科の先生を知人から紹介してもらい、そこでは「子宮腺筋症といって子宮内膜症の一種なんですが・・・」みたいな事を言われたのを覚えています。
でも、やはり特に悪性ではないということで痛み止めをもらいました。
以来、都内にある数々の有名な大学病院で検査を受けました。どこにいっても「子宮内膜症」「子宮筋腫」と診断され、痛み止めの処方と「ホルモン剤で生理をとめて妊娠したようにしてみると、小さくなるかもしれない‥‥」ということで、ホルモン剤を処方されました。どこにいっても、診断は一緒。しかも時間がないのか、質問する時間をもらえません。怪訝な顔、説明不足で質問させない不親切な医者。事務的な看護師。
これはどこでも共通でした。
その後、やっと話をきちんと聞いてくれる主治医にめぐり合い、身体の症状、子宮筋腫の大きさ、腫瘍マーカーの数値などを説明してもらい、治療方法としては、「子宮をとるか痛み止めとうまくつきあっていくか・・・」という手段しかないという事もわかりました。
そのときは独身でしたが、将来、子供は産みたいと思っていたので、「子宮をとらないで子宮筋腫を治してみせる・・」と決め、痛み止めとの付き合いの方を選びました。
それからは、何かどこかに方法があるはずだと、南は九州から北は北海道まで、ヒーラーや東洋医学、代替医療、サプリメント、漢方、整体、良いと言われる話を聞くと藁をもつかむ思いで行きまくりました。
そのために借金もかなりしました。
痛みはひどくなる一方で、仕事のとき、楽屋でステージの準備をしている最中に生理痛がひどくなり、病院でもらっていたロキソニン(痛み止め)を忘れてしまい、薬局で買ってきてもらった痛み止めを狂ったように10個くらいまとめて飲もうとしたこともあります。
また、子宮をとらずに手術をしてくれる病院が横浜にあるということがわかり、MRを持ってその病院に行きました。でも、保険がきかず、自費診療で200万かかり、しかも予約がいっぱいで手術は1年待ちでした。内金10万円入れると予約待ちができるという事だったので内金を入れて、予約待ちの1年の間にお金を貯めようと努力もしましたが、200万もたまるわけもなく、なくなくキャンセルをしました。
このようなことを続けていくうちに、初めて「子宮内膜症」と診断されてから18年が経っていました。その間、結婚しようと思う人が現れ、子供が欲しいと思っていましたが、この病状では子供はできにくいといわれました。
この頃になると、生理痛だけでなく排卵痛や、その間にも突然下腹部痛などが起こり、1ヶ月ほとんど痛みとの戦いでした。おまけに血液検査で腫瘍マーカーの数値が上がってきていることがわかり、毎年上がって来ることに危機感を感じ、主治医に治療法を訊ねると、やはり、「子宮をとるか上手に痛み止めとつきあっていくしかない」という事の繰り返しでした。
同じ頃、子宮や卵巣の病気で若くして周りの友人が何人も亡くなっていくということが重なって、「これが悪化していったら・・・」と思うと居ても立っても居られず、「これは、自分でみつけるしかない!絶対に子宮を温存して治療する方法があるはずだ!!!」とありとあらゆる方法で探しまくりました。
今思うと、どこでどう探したかわからないのですが、ついに霞ヶ浦医療センターのHPを見つけたのです。ここの病院が私を救ってくれるかもしれないと体験談を何度も、何度も読みました。
そして初診の予約をしたのです。いっぱいで少し待たされましたが、仕事を休んで霞ヶ浦医療センターに行きました。
正直、古い病院で、東京のきれいな病院に慣れていた私には、「ここに入院することになったら夜は怖くないかな?本当にこういう病院で大丈夫なのかな?」と最初に病院の入り口で思ったのを覚えています。(すみません!)
初めて西田先生に診察してもらったときに「間違いなく子宮腺筋症です。手術できますよ」といわれ、手術を受ければのた打ち回るほど強い生理痛も軽減するとのこと。
「子宮をとらないでいい??この生理の激痛がなくなる??」
いつも、いつも病院では、「子宮をとる。生理痛は薬でおさえる」と言われて来た私には、正反対の事を言われたのでビックリしたのを覚えています。
2008年3月1日に入院。
入院は初めてだったのでどうしていいのかわからず、看護婦さんに、色々とお願いしたのを覚えています。病室は古いですが、女性病棟はドアがピンク色で心が明るくなりました。
3月3日にいよいよ人生始めての手術で緊張しましたが、今まで通り西田先生を信じて全てをお任せしようと決心しました。
手術前には、担当の先生、麻酔の先生などが挨拶にみえて、緊張をほぐしてくれました。
手術室に入る前に彼に電話して、お守りをもって、家族が見守る中、「いってきます」と手術に入りました。「麻酔うちますね?」と言われてからは、何も覚えていません。なんとなく意識が朦朧として目が覚めたような、まどろんでいるような時に先生の、「終わりましたよ。とれましたよ。大丈夫ですよ」と言う声が聞こえました。手術時間は1時間半。出血量は140g、摘出した腺筋症の量は174gでした。「あ~、終わったんだ・・・」と思ったあとは、うつらうつらと寝ていました。
術後、摘出した腺筋症や子宮を写真で見ながら説明してもらいました。「こういうものがお腹の中に入りこんでいて、しかも、こびりついていたら自然に治るはずがない。時間がかかるだけ。冷え性を治したり、生活習慣を見直すにも、きれいに手術でとってからが一番いい。自分の身体や子宮をもっと、もっと大切にしていこう」そういう気持ちになりました。
入院中は傷口が痛くて、なかなか歩けず、お風呂にもうまく入れなかったりしましたが、母が付き添ってくれ15日で退院しました。病院食が口に合わずに食べられず、看護婦さんたちに、「しっかり食べてくださいね?」と何度も言われ、励まされました。
退院後、初めての生理にびっくりしました。あの激痛がないのです!
「なんとなくチクチクしだしたな?。お腹がなんか重いな?」と思ったらそれが生理痛で、痛みという痛みはありません!!生理の量も、今までは生理用のおむつに夜多い日用のナプキンをしても下着や服にもれていたのに、おむつも使わず普通のナプキンで大丈夫なのです。それに、今まではいつ来るかわからない痛みに怯え、常にロキソニンをバッグに入れていないと不安で不安で、忘れると取りに帰ってたくらいでしたが、手術してからは一度も痛み止めすら飲んでいません!
今までの私には奇跡に近いです。
退院してから、東京での主治医に手術の報告をすると、「本当にこの手術は難しくてなかなかできないんですよ」と言っていました。
退院してすぐに結婚し、今は妊娠を目指してがんばっています。
一度妊娠し、流産してしまいましたが、それも妊娠できるという証になって手術の成功がわかりました。
本当に、同じ病気で子宮をとる選択をせまられてる人に伝えたいです。早まって子宮をとらずに、一度霞ヶ浦医療センターで診察を受けてみてほしい。極端に言うと、少々乱暴な言い方ですが、とるのはいつでもできる。とったらもうもどせない。自分の身体を守れるのは自分自身の行動です。
出来ることはすべてやってから結論をだしてほしい!!
あきらめないで!!

本当に心身ともに楽になり幸せです。
西田先生、その他の先生たち、看護婦さん、家族や友人に感謝です。
本当にありがとうございました。これからも一人でも多くの患者さんを救ってください。

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